元・少年野球練習日記

中学軟式野球、主力となるべく頑張る息子と父の練習日記

カテゴリ: 雑記

 自宅近所の公民館に移動し、卒団式が行われた。6年生16名、エース右腕君と左腕君の両輪を軸とし、キャプテンを筆頭に個性ある選手たちが揃った良いチームだったと思う。「優勝」こそならなかったが所属連盟の大会で準優勝2回は立派だと思う。息子もその中で、守備の人から後半は打撃でも貢献ができたと思うし、「不動のレギュラー」を目標に日々努力してきた中で、最終的に「6番センター」でレギュラー出場できるに至った。

 幼かった選手たち、本当に立派な少年野球選手に育ったと思う。それはレギュラーだけに限らず控えに甘んじた選手にも言える事で、この先も野球や他の競技を続けていく中で礎となる期間をチームで過ごせたのではないだろうか。

 チーム表彰では、優秀賞にエース右腕君と左腕君。敢闘賞にキャプテン。努力賞には2番打者の内野手、全試合出場の内野手、チーム一の長打率の外野手、そして息子が選ばれた。16人中7名の受賞の中に選ばれた事を誇りに思いたい。

 今年は総監督からの特別賞も創設され、レギュラーの怪我や不在時にはそのポジションを埋めたユーティリティープレイヤー、そして総監督をして「一番下手だった」と評価された選手に贈られた。決して公式戦に出場機会が恵まれなくても自分の出来る役割をこなしチームを鼓舞し、積極的に練習を行いチームに愛されるキャラである事が選考理由だろう。彼は今後も野球を続けると名言している。きっと励みになるだろう。

 選手一人一人に記念品を贈る際に、総監督から選手への総評がされるのだが、息子は父の指導が多くて大変だっただろうと言われていた。絶対的なレギュラーではなく、レギュラー当落選上に長く滞留していた事から、どうしても余裕がなくあれこれ言い過ぎていた事が原因だろう。過ぎた事ではあるが、反省しなくてはいけない。

 卒団式では父は泣くかなと思っていた。卒団の送辞に対するキャプテンの涙ながらの答辞で、少しもらい泣きしそうになった。その後のDVDでも泣く事はなく、むしろ思い出を振り返る事に気持ちが入っていた。

 父は息子に対し、彼がやれるべき事は全てやったと思っている。小さな体、決して運動神経が良いわけではない。それでもやるべき努力をやり尽くしたかからこそ、息子に対して不満も無いし、次のステップに向けて頑張って欲しいと思っている。

 学童軟式チームからの卒団。本当におめでとう。

 卒団生のみんなの今後の活躍に期待しています。


  

 息子チーム最後の公式戦は同点・抽選敗退となり、公式戦日程終了となった。これで来年2月中旬の卒団式までは校庭の端っこでの基礎練習、中学硬式チームへの体験入部、下級生達のサポートなどで過ごす事になるだろう。

 「不動のレギュラー」を目指して2016年3月5日から始めた自主トレーニングは現時点で589回を数えた。紆余曲折があり、決して順風満帆とはいかずに試行錯誤した、息子と共に過ごしたかけがえの無い日々だったと思う。二度と戻る事の無い貴重な息子の少年時代を3年弱、同じ目標に向かって努力を重ねる事が出来た事は父にとって最高の宝物になったし、一生の思い出として記憶し続ける事となるだろう。

 息子は身体能力に恵まれたわけでも、センスに溢れていたわけでもない。未だに出来ない事の方が多いし、他の子が簡単に出来る事に時間を費やす。しかしコツコツと日々努力し積み重ねる事により、人より時間が掛かったとしても出来るように頑張れる才能があったと誉めてあげたい。

 何度教えても上達できず、きつく当たってしまった事も多々あった。それが原因で色々な障害も起こったし、息子の心を傷つけた事もあった。泣きながら母に父との朝練が怖いと訴えた事もあった。レギュラー当落選上にいた息子の状態に危機感を覚えて焦り、自分の指導力不足と根気の無さを息子に押し付けた結果だっただろう。あの頃、父にもう少し心の余裕があれば、息子にとって辛い期間があった事の記憶も無かっただろう。

 朝練の成果か、早くから守備力に関しては上手という評価を頂いていたと思う。そのため、ジュニア時代から先に入った選手より下位打線ながらライトで先発出場させてもらえる機会をもらえた。

 しかし、学童チームに移ってからも肝心の打撃がなかなか思うように伸びず、先発出場してもすぐに代打を出される期間が長く続いた。それは練習場所の制限から思うような打撃練習をさせてあげられず守備練習に偏ったメニューと、打撃練習もウェイトボールや穴あき練習球を打つ程度しか出来なかった事も原因だったろう。

 練習場所を移動し、ようやく本格的な軟球を使用した打撃練習が出来るようになった頃、長く期待されながらも控えに甘んじていた選手が台頭し、息子が控えに追いやられる事となった。彼は少し守備に難があるものの、6年チームのシーズン中盤からクリーンナップに定着し、当たれば長打の中心選手となった。

 控えの期間、それでも腐らず朝練やキャプテン達と行う夜の素振りで一生懸命頑張っていた息子。本格的な筋トレにも取り組みだした。たった1回の腕立て伏せすらまともにできない状況から、膝立ちや補助をしての5回からはじまり、現在では腕立て40回、腹筋50回、背筋100回を就寝前の日課とした。

 控えの身分で1大会過ごした頃、休みがちだったレギュラー1名が受験に専念する事からチームを離れ、いわば棚ボタではあるが先発メンバーに復帰する事となった。

 課題の打撃に関しては、市営グラウンドで軟球打ちするトス打撃やロングティーを繰り返しているうちに格段に向上していた。朝練やバッティングセンターで見違えるほどのスイングを見せている一方、それが試合はおろかチーム練習の場になると一転、まるで別人のような打撃となってしまう事が長く続いた。指導陣の「打たないとレギュラー無いぞ」という発破に対し、「良い当りをしないといけない」「良い当たりをしないとレギュラーから外される、代打を出される」と極度のプレッシャーを感じてしまい、自主トレやバッティングセンターのようなリラックスした状態で打てない日々が続いた。それでも試合で四死球の選択やポテンヒットなどで高い出塁率はキープできていた。

 転機となったのは6年5月の練習試合。外野手が飽和状態の息子チームでは、練習試合は特に外野手に出場機会を与えるためにすぐに交代が行われる。そこで試合終了まで出場する事ができ、第三打席の試合に慣れていた頃にセンター前に強烈に弾き返すクリーンヒットを放った。そこで少し精神的な余裕が出来たのだろうか、次の公式戦でも3打席目にセンター前ヒットを放つ。そして何度も負けた同連盟のライバルチームとの公式戦で、初の長打となる三塁打を打ち、試合後にうれし涙を流した息子がいた。

 そこからしばらくは試合で1~2打席のため思うようにヒットを打てない期間があったが、四死球の選択と犠打などはキチンと決めるようになっていた。チーム練習の打撃練習でもようやく朝練と同じフォームで打てるようになり、フリー打撃であわや柵越えの樹木直撃弾を打てるまで飛距離も伸びた。

 ここで打順が定位置8番から7番に上がり、試合での打撃フォームもよくなった。10~11月の2ヶ月間でクリーンヒットを連発し、打順も6番に定着。守備位置もライト、センターと流動的からセンターに固定となった。11月後半からは良い当たりが野手正面をつく事が多くなり、思ったような成績とならなかったが、大きく崩れる事は無かったと思う。

 最終戦は好投手の投げあいでW完封となり、ギリギリで3割を切ってしまった。しかし控えの期間があり、他の子より打数が少し少ないとはいえチーム内で最高出塁率をキープできた。

 本当に我が息子ながらよく頑張ったと思う。コツコツ積み重ねる事の大切さを、息子から教わった。しかしこれが終わりではない。次のステップに向かうための中継地点に過ぎず、息子も中学校で野球をやると決めている。息子チームから硬式へ移る子、他クラブへ移る子もいるだろうが、他地域の少年野球チームからもいる。そこで引き続き「不動のレギュラー」を目指すべく、今やっておくべき事はあるだろう。息子の目標に、父が出来る事は引き続きサポートしていきたい。

  

少年野球の現場では複合バットが主流となり、息子チームも大半が所持している。

息子と同じ5年生メンバーに限ってはビヨンド8・カタリスト1・バースト(アシックス)1・カーボン1・金属5、という内訳で、息子は超々ジュラルミンなので金属5に所属。金属派の子1人がビヨンド購入済だそうで、近いうちに非複合が5人となる予定。

父はビヨンド系の打感が嫌いである。打った時の「ボコッ」とした感触と打球の感覚がリンクせず、戸惑いがある。耐久性の不安もあり、毎日の朝練に耐えうるバットは複合より金属だと判断した。

息子は元々、ジュニア時代にお下がりのカーボンバット(74cm/420g)を使用していた。学童チームに移行するに当たり、現在の超々ジュラルミン(78cm/540g)を買い与えた。

息子は多少、ビヨンドが欲しい気持ちはあったかと思う。チームの大半が使用している状況で、他のメンバーがボコボコと飛距離のある打球をビヨンドで放っていれば、そう思うのは当然だろう。

しかし、いくら高性能の複合バットを所持していたところでバットの芯に当たらなければ意味が無い。複合バットを所持しているだけで技術が向上すれば喜んで買い与えるが、そうではない。車の燃費と同じで、最適な角度でバットとボールの芯に最適な力加減で打ててこそ、はじめて金属比で6~8%程度の飛距離が伸びるという事だと思う。

息子は去年の中盤から打撃が不調で、それを修正すべく毎日努力している。その姿にはわが子ながら感心するし、父からの助言を彼なりに一生懸命やろうと努力はしている。長いトンネルを抜けるには、日々の基本練習で地道に積み重ねるしかないのだろう。

これまで、自宅近所の住宅が密集する練習場所の兼ね合いから軟球を思いっきり打つ打撃練習を一切行わず、守備練習に偏重した朝練で息子の守備力は向上した。

反面、この練習場所で行う打撃練習は穴あき練習球の使用やサンドボールなど、トレーニングバットやバットリングでの素振りなどが中心だった。結果的に、重いボールや重いバットの効果でスイングスピードが向上したが、上半身に頼る上半身主体の打撃フォームとなってしまっている。

現在、市営Gにて広々としたグランドでやっと軟球を思いっきり打つ練習が出来るようになった。そこで行うロングティーで、上体に頼るフォームのせいで下半身の踏ん張りがきかず手打ちとなり、思ったように飛距離が伸びない。

残り1年近くとなった少年野球生活。今の課題となる下半身主体の打撃に導びいてあげるのが先決事項である。それプラス、バットの芯に当てる事。

幸い、チームには共有の複合バットが2本存在する。これらを借りて試合に臨めば良いと軽く考えがちだが、重量も違えばバランスも違う。慣れ親しんだバットこそ実力を発揮できるわけなので、やはり練習から使用するのが一番なのだろう。

今のバットで下半身主導のバッティングが出来、かつ息子がバットの芯に当てる確率が高くなれば、そこではじめて飛距離を一押しする複合バットの出番なのだろう。

 

 息子の入団1年経過時に記した時の目標、学童チームのベンチメンバー入りは辛うじて達成した。守備固めながら公式戦デビューも経験したので、次の目標はAチームとして打席に立つ事、Bチームで常時レギュラーとして試合出場する事だろうか。

 朝練は開始から1年1ヶ月が経過した。我ながらよく続いたと思うし、起床に手間取りながらも息子も頑張っている。

 冬季の氷点下や天候不順の関係で、朝練をこなすペースは一時期より鈍っている。これから気温も高くなるだろうから、序々にペースを元に戻していきたい。

 息子が入団後、同級生が6名新しく増えている。センスのある1名がベンチ入りメンバーに選出されたが、他の子は控えに甘んじている。息子と彼らの差は4ヶ月の入団時期の差だけだ。息子の4ヶ月前と現在の彼らを比較しても、親バカかもしれないが息子の4ヶ月前の方がしっかりとしているように思う。彼らが毎日、息子と同じように自主トレを行っているかどうかはわからないが、おそらく週末のチーム練習のみの子もいるだろう。

私が常日頃、少年野球の実力差は練習時間の差と比例すると思っている。であるなら、先行して入団したレギュラー陣に追いつくにはその差を埋める自主トレは理にかなっているはず。

好きこそ物の上手なれ。父との朝練だけでなく、チームメイトとの夜練も並行して行っている。嫌々なら、絶対にやっていない。野球が好きだからこそ、チーム練習にも参加し、チームメイトとの自主トレも行う。プロ野球観戦にだって行く。

時には監督コーチに厳しい指導を受ける事もあるだろう。そこでいつまでも落ち込んでいるのではなく、「次は絶対にやってやる」という前向きなメンタルとなるべくサポートを心がけたい。

何より、「継続は力なり」を身を持って実行している息子にとって、子供時代のこの経験がこれからの人生にきっとプラスになってくれると期待している。

 

 息子が地元の学童軟式野球チームに入団して1年が経過した。昨年11月後半から体験入部し、12月に本入団となったが、毎週のチーム練習に嫌な素振りを見せる事なく通っている。体調不良や家庭の事情を除くと、それ以外は練習に参加している。きちんと継続できるか半信半疑だったが、見事に出来ている。

 朝練の効果は少なからず出ている。きっと何もせず同じ期間を過ごしていたなら、息子はずっとベンチにいただろう。試合で目立った活躍は出来なかったが、20試合近くの貴重な経験をさせてもらえた。チャンスを与えてもらえた事は感謝し、結果が出なかった事は反省し次に活かして欲しい。そしてジュニアチーム公式戦の最後にスタメン落ちした悔しさをバネに、邁進して欲しい。

 次は学童チームに移行する。目先の目標は学童チームの登録メンバーとなる事。たとえ試合に出場できなくても、レベルの高い試合をベンチやランナーコーチ、ボールボーイ、外野手のキャッチボール相手をする事で触れて欲しい。今の状態では当落選上にいるだろう。

 今できる事はやっておく。基本を積み重ね、応用できる基礎を身につけたい。試合が無く、中だるみとなるこの時期だからこそ、もう一度原点に立ち返って練習をしていきたい。

 野球はやはり、試合に出てこそ楽しい。父も、試合に出ている姿を応援したい。そうなるよう、地道な努力を積み重ねていこうと思う。

 

 息子との朝練を始めて半年以上経過した。前回の節目から紆余曲折があったが無事に150回を迎えた。

 息子の所属チーム、息子の学年はメンバーが15人とチームで一番の勢力を誇る。4年生からの新入団が5名と、息子が4ヶ月早いだけとなる。そんなチームでの息子のポジションは、ジュニアチームの試合でなんとか「9番ライト」で先発出場させてもらっている状態である。つまり、前回の節目とポジションは変わっていない。同学年に6名、3年生にも8名ほど控えている。いつポジションを奪われてしまうかわからない危うい立場を認識し、常に危機感をもって競争意識をもって取り組んで欲しい。

 打撃の結果は芳しくないが、ここ数試合はバットにボールが当たりライナー性の当りが出てきている。毎日バットを振る事で、ようやく低迷期脱出の兆しが垣間見えている。朝練の成果となって結果が出て欲しい。

 毎日、他の子たちより早く起床し、基本練習を反復する日々。マンネリや退屈に感じる事もあろうかと思う。しかし日々の反復が着実に上達し、結果となって達成感を感じる事、積み重ねる努力が裏切らない事、それらを小学生のうちから体験している今がかけがえの無い時間である事を息子と共に噛み締めて精進していきたいと思う。

 

 今年の3月初旬から手探りで始めた息子との朝練が100回を迎えた。あくまで通過点ではあるが、文句も言わず一緒に頑張ってくれている息子、そして毎日送り出してくれる嫁にも感謝である。
 前回の節目の50回から比較すると、目に見えて何か特出したレベルアップというものは感じられない。父世代で例えるのであれば、それはドラクエのレベルアップに似ていると思う。冒険の初期に弱いモンスターを倒すとすぐレベルアップするが、やがてレベルは上がりにくくなる。ゲームであればちょっとレベルの高いモンスターを倒せば良いのであろうが、野球は基本練習の繰り返し。ましてマンツーマンで出来る事は限られるため、地道に練習を行うしかないのであろう。そしてゲームと決定的に違うのが、一度習得した技がすぐに劣化してしまう、忘れてしまうという事。少しサボったり練習しないでいると、とたんにレベルダウンする。
 不動のレギュラーを目指して頑張っている息子、現在はジュニアチームの外野手としてスタメンには出られている。打順は変わらず下位打線であり、常に打席は1回か2回のみとなる。その少ない打席の中でなかなか結果が出ていない状況である。四死球の出塁は3割程度あるが、走塁経験が少ないため、よく走塁ミスをしている。試合で途中交代がある場合に、真っ先に交代の対象となる身分であるため、まだまだ「レギュラー」と呼ぶにはおこがましい。あくまで「出してもらっている」程度と認識しておくべきであり、一つ上のレベルになるよう、日々の練習に取り組んで欲しい。

まだ朝練をはじめる以前、記録に残していない練習試合がある。

息子にとって2試合目、隣校区のチームとの練習試合。
大抵、練習試合は2試合行われる事が多く、その場合、第一試合はレギュラー組、第二試合は控え組をメインに行われる。当時の息子は入団3ヶ月目、朝練以前の超下手だった時期。

息子は、第二試合・控え組の先発メンバーにすら名前が出なかった。
そして3イニング目、守備交代でライトに入る息子。しかしそこで降雨コールド。
つまり、何一つ、何もする事がなく練習試合を終えた事になった。

そこで何ともいえない、悲しく寂しい気持ちになった事を鮮明に覚えている。
しかし、これは当然の事だったと思う。むしろ、戦力にならない息子を試合状況を考えつつ試合に出そうとしてくれていた事に感謝した方が良いくらいだ。
父として息子に対し、何一つサポートしていなかったのに、期待だけして勝手に裏切られた気分になる事は、単なる自分自身の怠慢、無関心の結果であっただけだろう。

今、フル出場ではないがレギュラー組の試合に出してもらえる状況である。
たった2ヶ月で、朝練の成果が出てきている。ある程度は進歩できている。

試合に出たければ、出したければ戦力になるしかない。
戦力になれるよう、サポートをしていきたい。


  

父が子供の頃、特に小学生の頃は85年の阪神フィーバーを目の当たりにし、連日TVでは阪神戦が中継されていた。それに影響を受け、掛布やバースの打撃フォームをよくマネていました。

打撃フォームに特徴のある選手は、モノマネしやすかったです。

時は流れ現在、息子に指導している父が理想としているフォームは元日本ハム所属の稲葉選手です。



ややオープンスタンスであるものの、ゆったりと構えあらかじめトップが出来ている状態からのレベルスイング。決して派手ではなくモノマネするには特徴が無いこのフォームが、無駄なくベストかと思っています。

とはいえ息子、たまにヤクルト畠山選手の特徴的なフォームをマネしたりします。
やはりマネするには派手なフォームの方が良いみたいですね。

2016年4月となり、息子は新4年生となります。
入団から丸4ヶ月経過、5ヶ月目突入です。

思えば新3年生になった2015年4月頃から少年野球への入団を希望し、見学・体験入部をしていました。しかし、先に入部したスイミングスクールと少年野球の練習時間が重なる部分がある事、本当にやる気があるのか判断しかねていたため、再三の入部希望を聞き入れるまで時間を要しました。
野球をするための投資は結構な額になる事がわかっていたため、すぐに辞められてはそれが無駄になってしまう可能性も危惧していました。

また、息子は超がつくほどの「ビビリ」であり、自分ではなく第三者が怒られている場面に遭遇するだけで萎縮し泣き出す傾向があります。少年野球では監督・コーチからの叱咤激励は日常茶飯事であり、時には厳しい怒声も浴びる事があります。そういった場面に遭遇しても、心折れずに頑張れるか疑問視しておりました。

しかしそういった心配は無用とばかりに、毎週練習に参加しています。
今思えば、他のメンバーとの実力差の開きが少ないうちに入団させておいても良かったと思います。
スイミングスクールは、平日夕刻にクラス枠があったため、そちらに異動しました。

当初は息子に野球の指導を行う事を躊躇していました。
父の野球知識は20数年前から進歩なく止まっており、下手に指導する事により現場の指導方針と異なれば息子が混乱するだけかと思っていたためです。

入団3ヶ月目の2016年2月、息子が参加するはじめての練習試合を見に行きました。
9番ライトで出場する息子。ユニフォームを着て守備につく息子は、格好だけは他の子と同じく一丁前でした。
しかし、ボールが来れば後逸。フライはバンザイ。ボールを持って立ち尽くす。それが得点に繋がる。挽回すべき打撃も一球もかすりさえしない状態。

これではダメだと思い、息子に自主トレを提案しました。
最初は土日のチーム練習前に素振りとキャッチボールをしました。
すると、キャッチボールでは大半のボールをグラブから落球、素振りは見事すぎるアッパー・ドアスイング。
しかし、身振り手振りと言葉で説明し、繰り返し練習していくとグラブの落球は激減し、素振りもダウン気味のしっかりしたスイングに変わっていきました。

息子は決して下手なのではなく、きちんと指導し練習をすれば出来るようになっていきました。
週二日のチーム練習だけでは、息子には練習時間が足りないのだと実感しました。

父は息子に朝練の提案をしました。そして朝練をする事により不動のレギュラーになれると約束しました。
一日たった40分の朝練。約一ヶ月が経過しまいたが、一ヶ月前とは雲泥の差で上手になっています。
チーム練習のノックでは、他の子と同じく打球を処理し、グラブを弾いても前に落として送球してみせます。
まったく取れなかったフライも、凡フライならわけなく捕れています。

父も最初の一週間は起きるのが辛くありましたが、今は息子と朝練する事を楽しみにしています。
息子は、相変わらず起床に苦労していますが、朝練は文句も言わず楽しくやっているだろうと思います。

チームではまだまだ控えの息子。
父子で行う朝練がきっと実を結ぶ事を信じ、無理なく楽しく行っていきたいと思います。

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